- by kii -
生きてた

深夜に食べるものはだいたい美味しい、そして太る。三時を回った日本にはカップラーメンがうまくなる呪いがかかっているから、僕たちはその呪縛から逃れられず、人類がその旨さに惚れて胃にスペースを開けるという研究がたぶんある。でも今日の昼はカップラーメンだったから、冷凍の麺類をスーパーで買った。この夜には二種類の麺類がある。そばか、そば以外だ。何食わぬ顔でそばを食べる人を、僕は心底羨ましい。年越しそばなんて文化があるが、あれは嘘だ。だってうちの家ではうどんかラーメンだったから。初めてそば屋さんに入ったのは大人のほろ苦さを知った後。水すら飲まずに出たそば屋は、一生の思い出になると思う。そんな縁ありありなそばと、今日、人生はじめて自宅で対面した。それに気が付かないで食べていたら、たぶんこの家で人生が終わっていたかもしれない。でも正直、それくらい簡単に死んでしまってもぼくはいいなって思ってしまう。人生がつまらないとかそんなことを思ったことは一度もないし、好きな人やものたちの行く末を見れないのはとてもさみしいことだ。でも、それくらい突然人は死んでしまうものだから、もしここで神様がはい人生終了と書いた板を出して笑ってきたとしても僕は受け入れるしかない。受動的じゃないか、と思ったりもするけれど、逆に死に逆らえるほど強くないものなんじゃないのかと疑問に思う。それに今ここで死ねば僕の知らないところでみんなが不幸なりなんなりなってくれるのなら、僕は永久にそれを知ることはないのだ。だとすれば、もしいまここでそばを大量に食べて、自殺と診断されないまま、事故でしたちゃんちゃんと終われるのならまぁそれも一興ではないかと思う。短編小説すら書けない哀れな人生でも、僕は楽しかったと言える。